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7月の礼拝の説教です
 

 

7月5日
マーク・ハンコック 兄弟 「イエス様に捕らえられて」
 聖書箇所 フィリピ4:12−14

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7月12日
廣瀬 正 兄弟 「隣人愛とはなんですか」
 聖書箇所 ルカ10:25−37

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 先ほどキリスト教を一言で言うと「神の愛」だという話がありましたが、今日の説教は「隣人愛」について復習をしてみたいと思います。じつは「神の愛」と「隣人愛」は同じものですが、「隣人愛」で思い出す聖書の個所は今日の「善きサマリヤ人」のところではないでしょうか?

 さて、今日の説教の個所ですが、強盗に襲われて瀕死で道端に倒れているユダヤ人の男。幸いに通りかかった祭司、次にやってきたレビ人、二人とも素通りしてしまいました。男を助けたのは何とユダヤ人と仲の悪いサマリヤ人でした。

 彼はけが人を見て「憐れに思った」のです。「憐れむ」という漢字を漢和辞典で調べると「聖なる場所で生贄として磔にされ、血を流して苦しむ人。それを見て思わず寄り添うこと。」とあります。岩波書店から出版されている福音書の中で翻訳者の佐藤研さんは、「サマリア人はけが人のあり様を見て断腸の思いであり、とても人ごととは思えなかった。自分も苦しみを共有したいと思った。」と解説しています。「自分も苦しみを共有する」、それが憐れみなのです。彼はけが人に近づき、手当てをし宿屋に運んで介抱し、お金まで払いました。「これこそ真の隣人」とキリストは教えています。

 どうすれば、隣人愛を持つことができるか?どうしたら隣人愛を妨げる垣根を乗り越えられるか?それは、相手の属性を見ずに「命の尊厳」を見ることではないでしょうか?イザヤ書43:4にあるように神様にとって私たちは「私の眼にあなたは値高く貴い」存在です。ですから人間は肌の色、性、年齢等のいろいろな外見や、属性によらず命の尊厳があるというのがキリスト教の根底にある考え方です。

 それでは、人間の尊厳はどこから来るのでしょうか?神は人間を創り、神の霊を吹き込んだ。人間は神を宿す存在となった。だから神は人間を憐れみ、キリストの十字架の血でその罪を贖われます。このたとえ話はユダヤ教の律法学者に対しての話です。そして、このたとえ話に登場するユダヤ人はユダヤ教のエリートです。そのエリートたちが「隣人愛」とは何かを理解できていない。いくら勉強して教養を高めても隣人愛は高められない。私たちが「自分は救われた」と感じない限り人は救えないのです。

 本当の「善きサマリヤ人」。路傍に横たわる瀕死のけが人とは私であり、あなたなのです。そこに助けの手を差し伸べるのはキリストです。つまり「十字架の愛」を知ることなしに真の隣人愛を知ることはできないのです。キリストの十字架は神様の私たちに対する憐れみなのです。

 「善きサマリヤ人」の最後に、イエスは「行ってあなた方も同じようにしなさい。」と言われました。自分の大切なものを犠牲にし、救いの手を差し伸べるその用意はできているでしょうか?

7月19日
賛美礼拝
 

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7月26日
恒枝 篤史 兄弟 
「ぶれない」〜実り豊かな人生を歩むために〜 聖書箇所 詩篇 1:2−3

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 神様は、私たちが実を結ぶこと、豊かな人生を歩むことを願っておられます。では、実り豊かな人生を歩むために、私たちはどうすればいいのでしょうか?聖書はどう教えているのでしょうか。

 実り豊かに生きるための秘訣。それは、しっかりと、「根をおろす」ことです。神様は、私たちがしっかりと根を下ろさなければ、実を結ぶことはできないと言われています。

 「祝福されよ、主に信頼する人は。主がその人のよりどころとなられる。彼は水のほとりに植えられた木。水路のほとりに根を張り、暑さが襲うのを見ることなく、その葉は青々としている。干ばつの年にも憂いがなく、実を結ぶことをやめない。」(エレミヤ17:7−8) 

「神に従う人の根は揺らぐことがない。」(箴言12:3) 

 正しい人は暑さに耐えることができる。干ばつや長い日照りのときも、根がしっかり張っているために、耐え忍ぶことができるのですね。もしかすると、皆さんの中で、今現在、干ばつのときを通らされているいう方がおられるかもしれません。そのような干ばつのときが続いたときに、私たちはどうしたら良いのでしょうか。干上がって、しぼんでしまうしか、ないのでしょうか?

詩篇1:2−3に、その答えがあります。

 「主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。」(詩篇1:2−3)

 詩篇の作者は、揺るがされない人生、つまり根のある人生について語っています。神様のみことばを読んで、それを暗記していくこと。心に蓄えていくこと。そうすることで、私たちはしっかりとした根を張り巡らせていくことができる、と言うのです。毎日、聖書のみことばを読む、黙想する、暗記する、そして行うこと。こうして、私たちは、強い、霊的な根を張り巡らせて、神のみことばという土の中に、しっかりと根を下ろしていくことができるのです。しっかりと根を張り巡らせていくとき、私たちはいろんな状況の中で起きる困難や、試練に耐え抜くことが出来るようになっていくのだ、と聖書は教えているのです。

 私たちが試練を乗り越えていく力は、神の言葉によって与えられます。イエス様のみことばによるのです。私たちは、キリストに根ざし、建てられていく。神のことばの上に、自分の人生を築き上げていくのです。神様のことばという、絶対的な真理を土台に、人生を築き上げていくのです。

 「あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい。」 (コロサイ2:6−7)

 

 

 

 

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